徳井正樹の「小坂山日記」

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2011年 03月 28日

休み無く

あの日、3月11日は、埼玉県伊奈町現場の建前初日。
朝早く着いたレッカー車が前日までに運ばれた構造材の脇にアームを降ろし、
33 cm角に製材された樹齢100年余の栗の大黒が作業を待つ。

大黒柱を軸に始まった建て方は四方からの梁を十字に受け、
次第に範囲を広げて、午前中には1階柱の大半が建ち上がった。
昼飯もそこそこに午後の作業がスタート。
順調に進んだ軸組柱にほとんどの梁が掛け上がる。
まだ仮筋交いは入れる前だったが、「追掛大栓継ぎ」をはじめとする
構造金物に頼らない継ぎ手と仕口は固まっていた。
棟梁を含め、ちょうど梁上に上がっていた大工さんが降りて、
次の段階に取りかからんとするときに、14:46を迎えた。
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現場の誰もが”地鳴りがするほどの揺れ”だったと振り返る。
しかし、1トン近くある大黒柱は何重にも組み守られた梁と柱に支えられ、
小住宅の構造体は何の損傷も被ることはなかった。
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驚くのはその続きだ。
余震も気持ちの揺れもまだ続く中、レッカー作業は夕方まで続き、
棟梁の指示の下、震災当日にも関わらず予定していた作業は全て完了となる。
そして帰路。群馬までは70km。高速道は全面通行止め。
数台に分乗した現場全員は、停電と混乱と大渋滞の国道17号を
ひたすら北上し真夜中の帰宅。ほんの数時間休んだだけの翌日、
現場監督、レッカー含む建て方関係者全員は、朝一番で70km先の現場集合。
まだ余震も続く中、何もなかったように二日目の作業を続け、
予定通り日曜日に棟木が上がり、あの当日を含む二日間で無事現場が上棟した。
さらに3日目の月曜日も作業は続く。垂木+野地板が張り進められ
ご夫婦とも激務を縫う建て主の予定通りに、火曜日上棟祝いが配られた。
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建て主は勿論、現場の誰もが忘れられない上棟になるだろう。
言うまでもなく、
棟梁、現場監督、大工、レッカーの相互信頼と使命感に支えられた工程だ。
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今、我々に出来ること、我々が成すべき事の第一は、
それは取りも直さず、「預かった現場を前に進めること」。
あらためて、頼もしい仲間を再認識しながら
この時期不安に陥りがちな建て主と共に、
”休み無く作り続けることの大切さ”を今実感している。

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-28 17:51
2011年 03月 22日

想像する力

あの瞬間から10日が過ぎた。
被災された全てのご家族に哀悼の真を捧げ、、、
と、思いの骨格を固めようとしても、自分自身どれだけ惨状が頭に描けているか?
「現場百回」。先輩の言葉が頭を巡る。
映画監督の山田洋次氏も言っていたが、首都圏にいる私たちが出来ることは、
普段眠っている「想像する力」を今こそ被災地に向け立ち上げて、
頭の芯が痛くなるほど想像することで、自分の次の行動が沸いてくるはずだ。

その中で、被災の数万分の一ではあるが、
新幹線缶詰10時間と一夜の高校避難は、貴重な経験となった。
翌日夕刻帰宅後、初めて被害の全容を知り、様々な思いが脳裏を走る。
「今、自分がすべきことは何か?」の体が振動するほど考えた翌日。
早朝から「これまで25年で手掛けた現場を廻ろう」と
群馬と北埼玉の大半の実作を3日間で約40軒診て廻る。
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何年も会っていない設計屋が突然現れ、主要な構造体や瓦をチェック。
「家を検診しました。大丈夫です」と伝えると
『ありがとう、安心しました』の懐かしい声。
ガソリンが底を尽き、残る現場は、給油復旧後廻るつもりだが、
約20年ぶりの建物から先月引渡の現場まで、廻った全ての現場は一軒の被害も無かった。

「当たり前の事が越えられて初めて安心が手に入る」を実感し、かつ
「家は、個人の、家族の、当たり前の居場所」を担う仕事の責任を痛切に感じる。
設計屋一人では何も出来ない。そのために大切な事は、
工務店、現場監督、各専門職方を横に繋ぐ日頃からのネットワークであり、
その根底は立場を越えた人と人の信頼だ。

板ガラス、電柱、電線など、災害復旧に絡む建設資材は、
すでに在庫はおろか、メーカーからは納期すら回答はない。
それでも「我が家竣工の春」を待ちわびる建て主に向け、
まずは現場の設計者として、プロ達の知恵を束ねる要として働きたい。

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-22 16:12
2011年 03月 20日

あの瞬間

誰もが同じ思いだろう。
震災前日の3月10日は、何年も前のように感じる。

あの瞬間は大宮の現場に向かう時速200kmの新幹線車内。
15年以上の新幹線通勤で経験した事のない上下左右振動だ。
急制動が掛けられる、車体は乱気流に揉まれる軽飛行機のようだ。

「これは脱線する」が、「何とか転覆前に止まって欲しい」、、これが正直な気持ち。
もし転覆状態で突っ走れば、間違いなく車両全体が落下する。
そしておよそ40秒後。
地上約20mの高架橋の上で約1000人が乗った2階建12両編成が止まった。
運転手の落ち着いた判断力、車両設計の技術力、高架橋建設の耐震力のお陰で助かる。
列車が止まった瞬間は、日本エンジニアの本懐を見る思いだ。

最初だけ流れたアナウンスによると、ここは大宮駅手前8km。
東北と上越新幹線がY字型に交わる地点に、約10度右に傾斜して止まっている。
自由席は満席に近い中、3列シートの中央席の私。余震は断続的にやってくる。
地震後30本ほどで停電。
一部乗客の携帯ネットから断片的な情報が聞こえて来るが、
「宮城沖で地震が起きた」以外には何の情報も入らない。
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日が暮れ、真っ暗になった車内。誰もが「いつ出られるのか?」を知りたい。
その間も、慌ただしく車掌は前後に列車を移動するが、
誰一人声を荒げて呼び止める人はいない。ただ、来るべき指示をじっと待つのみだ。
とても1000人が乗っているとは信じられないほどの静寂さは崩れない。

夜10時過ぎ、やや興奮気味の車掌が懐中電灯を持って車両前方に立った。
「この車両は動きません。後尾車両から高架線路を約2km歩いて避難します。
 ただ、混乱を避けるため12号車の乗客から順次脱出するため、
 この5号車までにはかなりの時間が掛かると思われます。
 お気持ち解りますが、車掌が呼びに来るまで待機してください。」
この対応に反論はなく、皆真っ暗の中で更なる時間を待った。
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約一時間後の11時半過ぎ、漸く我々の脱出が始まる。
その間、後ろの車両に駆け込む人もなく、ただ整然と12号車に移動。
真っ暗の傾斜し狭い通路は思いの外歩きにくい。
無人化した後方車両は不気味な気配が漂うが、
ふと冷たい外気が感じ、まもなく最後尾車両に到着。
ここに待っていてくれたのが、大宮駅から徒歩3時間で救助に駆けつけてくれたJR保線区の方々。
ここからは普段、目にすることもなかった線路脇の細い作業道を進む。
数百メートルおきに投光器からの光が放たれ、それを目当てにひたすら歩く。
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漸く架橋から地上に向かう保線管理用の斜路に誘導され、
高架橋下の道路につくと、ここからは警察の誘導で近くの高校に避難となった。
校舎入り口には警察、学校関係者、JRの三者が
手際よく後方車両の乗客らを体育館などに誘導したらしく、我々は階段教室に通された。
ここでも地震報道は特になく、翌朝の大宮駅までの移動案内をJR職員から受ける。
非常時用の薄い毛布とおにぎり、水が配布され、皆床に雑魚寝で朝を待った。
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明るくなるのを待って、まずは歩いて現場へ。
何と当日が上棟作業のレッカー初日だったが、ビクともしない軸組がそこに在った。
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一生忘れることの出来ない上棟現場の大黒柱が、冬の朝空高く建ち上がっていた。

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-20 20:04
2011年 03月 10日

伐りだし体験会3

伐り出し体験授業の3時間目は、マイ大黒柱を求めての山歩きだ。

標高1000mの稜線から少しくだった広葉樹の森は、
北斜面ながら明るく斜面も緩いので歩きやすい。
16名それぞれが迷子にならぬ範囲で
「自分ならこの樹を!」と大黒柱選定の疑似体験を楽しむ。
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私が見つけたのは4本株立ちのメグスリノキ。樹齢は70年というところか。
4本がほぼ真っ直ぐに伸びたこの樹なら、
大黒柱を軸とし、四方に腕が伸びるような梁を兄弟樹で組み上げることが出来そうだ。

参加者にも同じく「自由に選んでみては、、」と誘いを掛けたが、
なかなか、一人森の奥に入って、とは行かなかった。
「それはそう、、、」だ。
セミナーや見学会など1〜2回の予習をしたところで、
たとえ疑似体験とはいえ「我が家の大黒柱を探す」には予備知識が足らない。
 やはり山に来るまでには、
   1:自分が建てたい家のイメージを固め、
   2:基本構想が固まった図面を持ち、
   3:コスト感覚も踏まえた納得の上でこそ、
 腹を決めて自分の一本に的が絞れるという物だろう。
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とは言え、今日は体験会。
「大黒柱選びには心構えが必要だ」と言う気概を感じてもらう事が今日の目的だ。
雪の森ならばこその静寂と緊張感に包まれながら、この日一本に絞れなくとも
参加者16名が、「それぞれの大黒柱」をイメージ出来たなら、
林業家を巻き込んだこの企画を立ち上げた意味は十分にあったと考えている。

次回は最終回、「樹齢100年の大物に挑む」を伝えたい。

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-10 14:56
2011年 03月 03日

伐りだし体験会2

2/27に行った「大黒柱伐りだし体験会」の2便。

最初の伐採樹木には「アクダラ」が決まった。
建築関係では「栓(センノキ)」と呼び、造園業者の間では「ハリギリ」の名で通る。
色は白く、ホワイトアッシュに似るが、板目面の光沢と年輪が美しく、
製材後の肌目は楢やシオジほど詰んではいないが、甲板などには定評がある。
幹の直径はおよそ60cm。これだけあると広幅のカウンター板などその用途は広い。
今回の利用先もテレビ台や子供室のデスク、階段の段板などを想定している。
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写真奥の人影からして、その太さが解ってもらえるだろう。
樹高は3階建ての屋根を越すだろう、15mはある。
枝を含んだ推定重量は3〜4トン。
一番根に近い本玉からは広幅の上框が取れそう。2番玉はやはり階段板か?
勿論その上の幹や枝からも手摺や窓台やドア枠などなど、、、
とにかく無駄なく使い切るのが鉄則だ。

最初の一刃が入る。皆の視線はその一点に集中。
チェーンソーのエンジン音が山に響く。
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良く研がれたチェーンソーの刃が見る間に幹の内蔵深く達していく。
最初は伐り倒す方向を見定め、幹に楔形の切り口を開け、
次に別の角度からそれを目がけ刃を入れる。
山を守って半世紀の黒田さんは、
樹の重心が徐々に倒れる方向に移って行くのを確かめながら、
すかさず自分の身をその逆へ移動。
とても70歳を越えたとは思えぬ身の軽さだ。

巨体が静かに揺れはじめ、やがてミシミシと軋む声。
静寂な山に緊張感を走り、全員が「ウオーっ!」。
そして数秒後、樹齢105年の「栓」は、3mほど飛びながら倒れていった。
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そのシーンはまるでスローモーションの短編映画を見ているよう。
山での百年の命から「一軒の家族を守る道具」である家に、
その使命が変わった瞬間だった。

つづく

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-03 16:12
2011年 03月 01日

伐り出し体験会

春本番を思わせた先週の日曜日、
マイ大黒柱プロジェクトのフィナーレとなる「大黒柱伐りだし体験会」を行った。

参加者は新聞記者を含め8組15名余。
一行は麓の集合場所から5台の車に分乗し、標高1000mの広葉樹林を目指す。
杉の人工樹林帯を抜け、2月の寒波で積もった雪がまだ残る私有地林道を
時速15km程で登ること一時間。漸く「今日の現場」に到着。
この試みの簡単な説明を済ませ、それぞれ脚下を固め、いざフィールドへ。
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当日は快晴。広葉樹だから森の中は陽光が差し込み、思ったほど寒くはない。
一時間目授業は、雪を踏みしめ歩きながらの樹種の解説。
今日の先生は、この森を見続けて55年を数える長老。だが、どう見ても15歳は若い。
記者からの質問にも、樹の名前から昔の用途と今の利用先、そして木としての性格など、
外形さえその違いを見いだせない参加者に対し、その説明はよどみがない。
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森を歩き、違った樹種の大木が見つかる度に繰り返される多彩な木の話しに
参加者は感心するやら、どれがどうだったか混乱するやらだが、
この貴重な体験を皆、少しでも自分の頭に刻もうとしていた。

二時間目は、いよいよ一本目の伐り出し本番。
いざ選ぼうとなると、林業家本人とて、その決断には緊張感が走る。
今回は人を集めての伐り出し体験会。とは言え、
見学のためだけに貴重な樹木を伐るわけにはいかない。
「さあ、何を伐るか!」
雪が残るとはいえすでに2月末。乾燥にも知恵を使わねばならない。
そこで、林業家ご本人の住宅の板材(造作材)を捕るための伐採となる。
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さまざまな樹種から選ばれたのは、私も初耳の名の「アクダラ」だという。
調べてみると「ハリギリ」の別名で、
実は建築でも古来より使われている名では「センノキ」であった。
「栓(セン)」ならば私も20年ほど前から住宅にも組み込んだ樹種。
明るい美しい板目が特徴で、造作材にはぴったりの選定だ。

つづく

徳井正樹
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by rijim | 2011-03-01 17:56